きぃきぃきぃ、と、
澄んだ空気の中に、ちょっぴり鋭く高い声が鳴り響く。
百舌鳥の高鳴きと言って、
ここいらは私の縄張りだぞよと、
他の百舌鳥へ主張している鳴き方なのだそうで。
『秋から冬といや、
寒いところに住むものが渡って来もするからの、
ただでさえ餌が減る時期だけに、
それでそういう生態になるのだろうな』
と、教えてくださったのは、
いつものお師匠様ではなく葉柱さんで。
『なに、
俺の身内にとっちゃあ憎っくき天敵だからな。』
春先の“はや贄”に始まり、冬眠直前の実りの秋までを、
格好の餌として狙われる同胞たちへの警戒をせねばならずで、
『勘のいいのになると、
浅い籠もりの穴を嗅ぎ付けて
土をほじくられかねねぇのでな。』
『そ、それは油断がなりませんねぇ。』
お互いに 文字通りの死活問題だが、
弱いものが食われるのも ある程度は仕方がない。
捕食関係が乱れれば、自然界全体の均衡も狂い、
陽も通さぬ鬱蒼とした森が大地を覆って土地の滋養を腐らせたり、
逆に 草原があっと言う間に枯れ果てたりしかねない。
それほどに野生の世界の理りは厳正なのであり、
とはいっても、
『そうは言っても、
まだまだ牙も生えぬ小さいのが殲滅されちゃあ、
明日もへったくれもなくなるからの。』
そうそう大人しく全部が全部を食われちゃあたまらぬ。
一族の長である彼としては、
それを阻むためにと得た特別な力でもあろうからと、
他の面子の居場所への目配りも忘れぬ総帥なのであり。
強い子孫を残すという使命を
この何年かは怠っておるからだろうよ、と
そこへは気づかなんだ書生くんへ
そんな余計な言いようをしたのは裏山の蛇神様で。
木洩れ陽が明るい広っぱという同じ場には、
瀬那と彼が迎えに来ていた仔ギツネさんしかいなかったはずなのだが、
そして書生くんが、それとなく何かを告げた訳でもなかったのだが。
それから数日ほどは、蛭魔がくうちゃんをお膝から離さなかったりもして。
“まあ、急に寒さが強くなってもいたし…。”
地獄耳を駆使して蛇神の邪推を聞き咎め、
そんな下らぬ腐しようをしてくれた阿含への
一番に手痛い罰として、
くうちゃんを外へ出さなんだのかなぁ…と思ってしまったのは、
さすがに考え過ぎかしらと。
ひょこりと小首を傾げてしまったセナくんが、
その折よりもますますと、風が冷たくなって来た中を、
ややなだらかな坂道や切り通しを抜け。
木立ちの向こう、
野原とも言えない小さな空き地を目指しておいで。
屋敷から出掛けるご本人へ訊いておく訳でもないのだが、
大体この辺かなと見定めた場所が、大きく外れた試しはないセナで。
秋も深まり、陽が暮れるのが早くなって来た今日この頃なのでと、
遊ぶのに夢中になってしまう小さな家人をお迎えに、
こうして足を運ぶのがセナの日課にもなっている。
いつまでも白々と明るい春先や夏場と違って、
秋の日没後は あっと言う間に暗くなるからで。
そうまで過保護にすることはないぞと、
蛭魔からも言われちゃいるのだが、
一緒に帰る道々で、つなぐ小さな手の暖かさとか、
ウキウキと紡いでくれるお話とか、
デタラメな鼻歌なぞを堪能出来るのが嬉しいものだから。
風の中で見上げる木々や周囲の風景を照らす光の加減が
みかん色を滲ませて来ると、
そのまま裏山までを歩むのがもはや見に染み付いているほどで。
「くうちゃ〜ん、そろそろ帰ろうよ〜。」
声が通るよに口元へ手をかざし、
お〜いお〜いと呼びかけながら歩くのは、
他の動物との鉢合わせをしないため。
秋の野山には、冬籠もりを前にして食いだめしている獣も多い。
まだ直接見た試しはないけれど、
もしかしたら猪どころか熊だって居るやも知れぬと
蛭魔に言われたことがあったので、
こういう用心も欠かさないまま、やや深みの奥向きまでを分け入れば、
ぎゃいんっ、と
不意打ちだったので尚のこと、
心の臓が躍り上がってしまったほどに
鋭い叫びがどこからか轟いて。
「え?え? 何なに?」
犬に似たよな声だったな。
まさか くうちゃんに何かあったのかな。
でもでも この山でそんなことってあるだろか。
あの阿含さんが見守っているはずなのに…と、
もはやセナくんからまでそうと把握されてるような、
なので、あの仔ギツネさんには
此処ほど安全なところもない遊び場のはずで。
“なのに、あんな声がしたなんて…。”
まさかのうっかりから
出掛けている隙なぞを衝かれての危機なのだろか。
そうこう思う間も惜しいと、
次の間合いには駆け出していたセナくん。
万が一のときのためにと常に身につけている
“目眩しの弊”を入れた袷の懐ろを上からそおと押さえつつ、
金色の木洩れ陽が射し入る木立を透かし見い見い、
声のしたほうへと駆けて駆けて。
この辺りだったはずと見当をつけたところまで近づいたその先で、
「いーか、
こーど見かけらら、よーしゃしゅないかぁなっ!」
………………………はい?
舌っ足らずが過ぎて、
ちょおっと意味を把握しづらい言い回しだったれど。
何の、聞き慣れた者には何となく意味も通じて、
“容赦しないとは穏やかじゃあないなぁ。”
つか、それってお師匠様の言いようを真似てない?と、
ここまでの逼迫が引っ込んで、
微妙なお顔となっているセナくんだったのも無理はなく。
最初に此処だろなぁと目串を刺してた空き地の真ん中、
背後に小さなウサギを庇い、
自分だってまだまだ小さな坊やが
えっへんと胸を張っての仁王立ちをしておいで。
こちらからだと やや斜めに立っているので、顔までは見通せないけれど、
そんな彼の見ているほう、
腰高な茂みががささっと荒々しく掻き回されており。
しかもそこから何かの気配が遠のくのも拾えるので、
直接の危機は遠ざかっているらしいけれど。
“くうちゃんが何か…威嚇とか してのこと?”
ふんとやや強いめの鼻息をついた気配も届いてのそれから、
足元に竦むようになって張り付いてた仔ウサギさんが
ややあって ふるるっと耳を揺すぶり、
そのままぴょいと別のほうへ撥ねてってしまったのへ、
ありゃと視線をやった横顔は、
それこそ不意を衝かれた驚きを見せるあどけないお顔。
「……くうちゃん?」
それでもどこか尋ねるような訊き方になったセナの方へ、
甘い色合いの髪をくるんと振り回すよにして
え?と振り返った小さな坊や。
キョトンとしたお顔の屈託のなさも愛らしく、
こちらを見つけてわあと愛らしく微笑い、よいちょよいちょと駆けて来る。
「せぇなっvv」
「くうちゃん、さっき大きな声がしたよ?」
何か怖いことと向かい合ってなかった?と、
朗らかなお顔と視線を合わせて訊いたれば、
「うっとぉ?」
思い当たらないかのように小首を傾げ、
「こおたんのによいした コンコンが来てた。」
今日は天界から降りて来ていない弟分のこおちゃんと、
どうやら遠い同胞なのだろう、似たような匂いがしたキツネが現れたようで。
そんな相手が彼と遊んでいたウサギを狙ったか、
“まさかまさか、くうちゃん自身も狙われたとか?”
しかも、それへのこの展開ということは、
そんな殺意に反応し、追い返したらしい頼もしさよ。
まま そこまでは、やたらと大物に囲まれてる彼でもあること、
“成長したなぁ”で済むかもなのだが。
『いーか、
こーど見かけらら、よーしゃしゅないかぁなっ!』
恐らくは、今度見かけたら容赦しないからなとの言い回し。
逃げ去る相手へ、
そんな居丈高なお言いようを投げかけるだなんて。
しかも胸を張って踏ん反り返ってという尊大な態度も勇ましくと来て、
“…………それって、
一体 誰を参考にしてのことなのかなぁ?”
セナくんがこれは誰へ相談したらいいものか、
本人へ訊いたなら それでいて良いのかどうかも
セナが言わなきゃならぬ運びにならないかと、
困惑を抱えて家路につくこととなった、
秋の夕べだったそうでございます。
〜Fine〜 14.11.05.
*今日は“のちの十三夜”だそうです。
171年振りと、天達さんが言ってました。
そういや 十三夜の話はどのお部屋でも書けなかったなぁ。
それはともかく。
これってやっぱり、
二大 乱暴地主のどっちかの影響なんでしょうねぇ。
しかも、どっちにしても
良くやったぞと褒めそうな気がする…。(大笑)
めーるふぉーむvv
or *

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